![]() 「笑っていいとも!」に是枝裕和監督が出るというメールをもらった。 ちょうど13時半からバイトで、バイト前に見られるなぁと思った。 是枝監督を敬愛する知り合いにもメールを送り、 きっと彼はもう知っているかもしれないと思いながらも、 「是枝監督がいいともに出るらしい」 と伝えた。 OAが終わってすぐに返信が来て、 しばらく映画について軽くメールをした。 配給会社にとって映画や映画監督なんて 「コンビニで売ってるコーラみたいなもん」と彼は言った。 すごい例えだなぁと思った。 バイト先に着くと、前任の店長が遊びに来ていた。 本当は遊びに来たくてうずうずしているのに 現在の店長に気を使ってお店に来られずにいた店長を、 お店の誰かが呼んだらしい。 「今日は皆いるから遊びに来たら?」 と。 誘われた、という大義名分を得て、 店長は嬉しそうに遊びに来ていた。 うどんを食べないか、と私が誘い、 休憩時間に前任の店長とカレーうどんを食べた。 カレーうどんを食べながら、 どうしたら私がピノコになれるかということに始まり 「ブラックジャック」についての解釈の話や、 ウルトラマンやアンパンマンの話をした。 近代文学は何とも言えない、やり場のない気持ちが残る作品が多いけど、 現代の小説にはそれがないと私が言うと、 「確かにそうだけど、今はそういうのは流行らないよね。」 と店長は言った。 「コンビニで売ってるコーラみたいなもん」の話もした。 何だか無性に楽しくて、 最後には愛と死の問題について最近私が考えていたことまで話してしまった。 小説や映画といった物語の中では、 死は愛の究極の形として描かれるけれどそれはなぜか、 ということについて、私は考えていたのである。 それというのも、最近、 オダギリジョー主演、キム・ギドク監督の「悲夢」を観たからだ。 私は本当はこういう話をするのが楽しくてしょうがない。 だけど、 最近私の周りにはこういう話を聴いてくれそうな人がいなかった。 それをずっと寂しいと思っていた。 人生の中でこれから何人、こういう話を一緒に楽しめる人に出会えるだろう。 そういう人たちと、私はどれだけ深く付き合っていけるだろう。 どれだけ長くそういう人たちとの付き合いを続けていけるだろう。 たまに、そんなことを考えてしまうのである。 # by tanpopo-ayano | 2009-09-18 13:56
![]() たしか4年か5年前のことだ。 母が弟の部屋を掃除していた時、 引き出しの中から音がしたので中をのぞいてみると、 そこにハムスターがいた。 家族に内緒で、弟が飼っていたのである。 母は見なかったことにして、 弟がどうするのか見守っていた。 それから程なく、弟は、ハムスターを飼っていることを告白した。 限りあるお小遣いのなかでハムスターを扶養しきれなくなったからである。 ころころと太って、顔はマヌケで、愛嬌のあるハムスターだった。 可愛くてしょうがなくて、 私は弟の目を盗んでいつもハムスターを眺めていた。 当時弟は私にだけ反抗期で、 私がハムスターを眺めることを嫌がっていたからだ。 私が大学一年生の時のことである。 三年近く顔を見せていなかった父がしばらくぶりに我が家に来た。 弟がハムスターをこっそり飼っていたことや、 私が早稲田に合格したこと。 どう連絡を取っていたのか知らないが、 父はほとんどの話を母から聴いていたようだった。 母と私が会話している様子を見て、 「二人ばっかりこんなに話してるんじゃ、 一喜もハムスターと話すしかないよなぁ。」 と、父が笑った。 父は屈託なくそう言ったが、私はその時初めて、弟の孤独に気付いた気がした。 弟はハムスターを溺愛した。 ハムスターの寿命が近づいた時、 何とかして血を絶やすまいと、子孫繁栄の方法について随分考えたようだった。 ハムスターは増えすぎて収集がつかなくなると母に反対され、 弟は泣く泣く子孫繁栄を諦めた。 ハムスターを看取ったのは私だった。 弟がテニス部の合宿に行っているときだった。 合宿から弟が帰った時、家には誰もいなかった。 母が家に帰った時、ハムスターを飼っていた籠と弟は消え、 いつもは部屋に散らばっていたおがくずさえもきれいに掃除され、 まるでそれまでハムスターなんていなかったかのように、 形跡は全て消されていたのだという。 よほど、悲しかったのだろう。 弟は家の裏にハムスターを埋めた。 その次の夏のことである。 母が庭で一輪の向日葵を見つけた。 そこはハムスターが埋められている場所だった。 きっと、ハムスターにいつも向日葵の種を食べさせていたから、 お供え物のつもりで弟が向日葵の種を置いていたのだろう。 うっかり花が咲いてしまったに違いない。 私は、弟のそういう滑稽さというか間抜けさが愛らしくてたまらない。 弟がまたハムスターを飼っていると母から聴いたのは一昨日のことである。 昨日、 弟の留守の間にこっそり部屋に忍び込み、 ハムスターを見てみた。 前に飼っていたのと同じ色、似ている間抜けな顔、 違う点と言えば、今のハムスターは痩せていることくらいだった。 私は弟の、そういう未練がましい部分が心配でならない。 昔からそうだった。 クリスマスにもらったプレゼントの包装紙をとっておいたり、 旅行先でもらってきた歯ブラシをきれいにしまっておいては 「思い出だから捨てちゃだめ」 と言ってみたり、 思い出と過去を大切にしすぎる部分があった。 ハムスターの一件で未だに弟にはそういう性質があるのだとわかり、 きっと彼は別れた女のこともいつまでも引きずるタイプだろうと、 勝手に憶測してしまった。 # by tanpopo-ayano | 2009-09-17 11:16
今日は久しぶりに何の予定もなかった。 もう一週間も前から、この日は絶対に外出しないと心に決めていた。 のんびり起きて、 まず、深煎りのブレンドコーヒーでコーヒーゼリーを作った。 それから浅煎りのメキシコのコーヒーをいれて、 カフェオレにして飲んだ。 週に一回ずつもらい続けた豆がたまり最近は種類が豊富で、 その日の気分に合わせて豆を選んでいる。 贅沢だな、と思った。 何年も着ていないような洋服、 この夏一度も着なかった洋服、それらを整理した。 数ヶ月前に「トニー滝谷」を観て、少し感化された節がある。 私もあんな風に服を着ることを楽しめたらいいと、 心のどこかで思っている。 しかし体型の悩みが多くて難しい。 それにしても、宮沢りえがきれいな映画だった。 部屋の掃除もした。 高校三年生の秋に下北沢でもらったシャボン玉が出てきた。 外に出てしばらくシャボン玉をとばしていたら、 空がびっくりするくらいきれいなことに気がついて写真を撮った。 ![]() 空を眺めながら、 先週の水曜日に大学院生の研究室で見せてもらった映画の事を考えた。 中国からの留学生が作った映画で、 私が見た時はまだ編集の途中だった。 主人公の幼い女の子が父親に会うためにシャボン玉を吹き続ける。 そんな映画だった。 どうやってこのストーリーを思いついたのか、 と聞いてみた。 片言の日本語で、彼は答えた。 子供がシャボン玉を吹くのは何故だろうと、その理由に興味があったのだと。 そこからどういう風に構想を練ったのかはわからないが、 父親が死んでしまったことを隠す母と、 父親に会える日を待ちながらシャボン玉を飛ばし続ける少女の話ができあがったのだ。 とても文学的なストーリーだな、という印象が残っている。 「パパ、今日は帰ってくる?」 シャボン玉を飛ばしながら少女が母親にそう聞くシーンがあった。 「パパ、今日は帰ってくる?」 それは、かつての私のセリフだった。 父はほとんど家に帰ってこなかった。 それを寂しいとか、ひどいとか、そういう風に思ったことは一度もなかった。 始めから、帰ってこないことが当たり前だったからだ。 「今日、雨降るのかな?」 とでも言うのと同じ感覚で、私は、 「パパ、今日は帰ってくる?」 といつも母に聴いていた。 それをそうとは自覚しないくらいに私は幼かったけれど、 今振り返ってみて、 そうだったのではないかと私は思うのである。 それは、弟もそうだった。 弟が生まれて半年くらいで両親は離婚して、 それからは週に一度、日曜日に父と会うことが我が家の決まりになった。 母も一緒だった。 父と母と弟と私の四人でご飯を食べて、父はどこかに帰ってゆく。 弟はそれしか知らなかったから、 父親と言うのは日曜日にどこからともなくやって来て、 夜には帰っていくものだとずっと思い込んでいた。 同じ屋根の下に住んで毎日共に過ごす父親が世の中には大勢いるのだと知った時、 弟は驚いたに違いない。 あの映画を観て、ふとそんなことを考えてしまった。 # by tanpopo-ayano | 2009-09-16 20:45
あっという間に夏が終わろうとしている。 8月の始めに店長が変わったと同時に、 夏休みという理由で私は沢山バイトに入るようになった。 お店に一人でいる時間が長くなって、 クレームの処理をしたり、 前に比べて、お店の裏側の仕事をすることが増えた。 なんで最近こんなに気疲れするんだろうと考えてみて、 あぁきっと前は店長が見えないところで色々とやってくれていたのだと気がついた。 閉店後に浄水フィルターを交換しなくてはいけない日も、 私が遅番だった。 前の店長に教わりながら後ろで見ていたのを思い出しつつ、 水道の栓を止めた。 「やり方は一応覚えていた方がいいけど、 フィルター外すのはすごく固いし、高いところにあって危ないから 彩乃はやらなくてもいいよ。」 と言われたことを思い出しながらフィルターを外そうとすると、 本当に固くて、とても私には外すことが出来なかった。 ゴム手袋をつけて試しても、 滑り止め付きの軍手をつけて試してみても、 どうにもこうにも だめだった。 本当に、固かった。 私は、何か一つするたびに前の店長の言葉を思い出している。 その時は自覚していなかったけど、 随分いろいろなことを教わっていたのだなぁと、 その人がいなくなって初めて実感している。 今の私を見てもらいたいけれど、 店長はもう、遠い街の他の店の人になってしまった。 二年という月日の間に私は本当にたくさんのことを教わっていた。 また、 私はその人が店長だと思ってその人のやり方に従って動いていたから、 知らず知らずのうちにその人のやり方や仕事への感性が自分に染み付いていた。 たぶんそれはきっと、二年という歳月の問題だけではなく、 私が初めて真剣に働いた時に最初に出会った人だったということや、 仕事の相性や考え方が合っていたというのも理由にあると思う。 卒業までもっと一緒に働きたかったなぁと思う。 それと同時に、離れてみなければ自覚できなかったものがあまりに多過ぎて、 自覚できただけでも離れて良かったのかもしれないと思う気持ちもどこかにある。 別れのときは、そこまで寂しい気持ちにはならなかった。 本当に寂しさを感じるのは、 かつてその人がいた日常の中で、 ふと、その人の不在を実感するときなのである。 ![]() # by tanpopo-ayano | 2009-09-15 23:50
![]() 初めて見た時、 「あぁ私はこの人と仲良くならなくてはいけない」 と思った。 それは、 高校一年生の秋にベランダでジャッキーを見つけたときと良く似た感情だった。 この人ととどうしても仲良くならなくてはいけない、 と思いながらもなかなか話しかけられずにいたことも、 ジャッキーのときと同じだった。 # by tanpopo-ayano | 2009-09-05 08:55
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